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『同居美人』ストーリーA シーズン7

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■同居美人プロジェクトAストーリー7



あらすじ
アンケート


2016.4.25 up 「相手のことを思いやるはず」

挿絵

 私と想子ちゃんは、平野井さんのほか、福生さんの力を借りることにした。福生さんならきっと、ストーカーがどんな行動をしても、常に冷静な判断力で対応してくれるだろう。


 私たちは私と福生さん、想子ちゃんと平野井さんのチームに分かれた。私が平野井さんと組まなかったのはもちろん掟対策だ。夜や、4人の休日が重なった時を利用して、人数の強みを活かして探すことに決める。動ける日数が少ないのは悩ましいが、追いつめるには連携するのが大事だという福生さんの意見に従った。どちらにしても、すぐに見つけられ、捕らえられるとは思っていなかったのも大きかった。


 私たちはひたすら家のまわりを歩いた。あちこちに注意を向けていると、今まで気づかなかったごく細い路地や、狭い行き止まりなども多くあったことに気づく。これならストーキングもしやすいかもしれない。私たちはずいぶんストーカーに優しい場所に住んでいたのだ。


「本当に好きなら相手のことを思いやるはずなんだがな……」


 ある夜、歩いていると、福生さんがふと呟いた。


「確かに」と言ってうなずく。とはいえ、相手への思いやりと自分の好きだという気持ちは、感情が高ぶるとないまぜになりやすいものだとも知っている。恋は盲目という言葉は、そんなときにも使えるだろう。


でも、だめなんだよ、と心の中でストーカーにそっと語りかけた。混ざりやすかったとしても、いろんな学習や経験を通して、きちんと分けられるようになっておかないと。混ぜてはいけないものを混ぜてしまうと、やっぱり危険な反応を引き起こしてしまう。


 それから数週間後――ある休日の昼下がりに、私たちはやっと怪しい人影を見つけた。


 女性らしい小柄な影が、ビューティ道場の周囲を歩き回っていた。パーカーのフードを深々とかぶっていたから顔はよくわからなかったけれど、背格好や歩き方の特徴に覚えがある。


『たぶん、あれがストーカーだよ』


 私たちはスマホのメールで連絡を取り合いながら、二手に分かれてストーカーをつけた。ストーカーはビューティ道場のほうに集中していて、まさか自分が追われているなんて思いもしなかったようだ。意外と、――遠回しにいえば、「素直な」子なのかもしれない。


 今日は得るものがないとわかったのか、やがて彼女は道場を離れていこうとした。


「どうしましょうか?」


「この様子なら、意外と簡単に捕まえられそうだな。であれば、今は少し泳がせてみよう。訴えるようなことになったときの材料をより多く見つけられるかもしれない」


 福生さんは即決した。


『追いましょう』


 理由を簡単に添えて、平野井さんにメールを送る。


 彼女は駅まで歩き、そばにあったショッピングモールに入った。私たちもよく利用する施設だ。


 目的があるのか、店内をすたすた歩いていく。やがて大きな売り場面積のあるランジェリーショップに入っていった。


「平野井さんと福生さんはここで待っていて下さい。想子ちゃん、行こう」


ストーカーの帰りにランジェリーショップに寄るなんて、不思議な神経をしていると思いつつ、私は想子ちゃんを誘って中に入ろうとした。この店にはもうひとつ出口があったから、そちらから出ていかれたらたまらない。


すると、福生さんに呼び止められた。


「想子ちゃんじゃなくて、大樹と一緒に行ったほうがいい」


「ふぇっ?」


 思わずヘンな声をあげてしまう。




2016.4.26 up 「大胆なことをしてしまった」



挿絵

福生さんがそう言ったのは、男性二人の組み合わせでランジェリーショップの前で待つのはあまりにも不自然だという理由からだった。


「そもそも顔だって割れているんだしな。なるべく周囲になじまなければ」


 であれば私一人が入って想子ちゃんには待っていてもらおうと思ったが、それでも男性二人、女性一人になって、やっぱりどこかヘンだ。


 ランジェリーショップでは恋人らしい男性と一緒に買い物をする女性もちらほらだがいたし、「自然に見える」という点では平野井さんと入るのがいちばんマシなのかもしれない。


「わ……かり……ました……」


 平野井さんは真っ赤になって、遠い目をした。


「大丈夫です。私が守ります!」


 私たちは並んで店に入った。


 広い店内には、ストーカーらしい姿が見当たらなかった。もうひとつの出口から出ていってしまったのだろうか。だけど、買い物をするために入ったのだとしたら、そこまでの時間も経っていないはず。


 もうひとつの出口を出たところで見張ろうかとも話したけれど、そちらは閑散としていて人通りが少なかったので、顔を思いきり見られてしまう恐れがあった。


 きょろきょろしていると(平野井さんのほうは終始うつむいていた)、店員さんが声をかけてきた。


「昨日新発売になったおすすめのブラがあるんです。よろしければフィッティングだけでもいかがですか」


 ピンときた。そうか、フィッティングルームだ。


 その周辺の様子だけでも見てみようとフィッティングルームに連れていってもらったが、店員さんは何とか私にそのブラを試着させようとした。


「えっ、あ……そのー」


押しの強さに、断るタイミングが掴めない。あれよあれよという間にサイズを測られ、フィッティングルームのカーテンとドアを閉められる。ドアを開けてもすぐには中が見えないように二重になっているのだ。それにしてもこの人、営業成績よさそうだな……。


「彼氏の方はそこでお座りになってお待ちくださいね」


 平野井さんは何となくカクカクした動きで、待合用の椅子に掛けた。いかにも居心地の悪そうな男性があと2人ほど座っている。


 ごくごく小さな個室の中で、小さく溜息をついた。こんなことをやっている場合じゃないのに。でも同時にわくわくするような、たまらなく嬉しい気持ちもあった。


 なんと、アンダーバストが自分史上最細になっていた。


 渡されたブラは、全面にきれいな刺繍がほどこされていて、いかにも繊細でかわいらしいイメージだった。


 試着してみたくなる気持ちがどんどん沸き上がってくる。


(平野井さんもいるんだし……)


「お客様、いかがですか」


 ドアの外で店員さんがドアをノックする。とりあえずつけてみないと、ここから出られなさそうな雰囲気だ。


 えぇい! と覚悟を決めて、服を脱いだ。


(これが……私……)


 ブラをつけた私は、鏡の中の自分の裸にごくりと唾を飲んだ。余分な脂肪が落ち、うっすらと筋肉のついた肌は、プエラリア・ハーバルジェルで毎日潤いを与えられているせいか、全体に張りがある。そのみずみずしい体の胸のふくらみを、たおやかなレースが包んでいた。咲き誇るバラのような生命力を、自分の体から感じる。


 このブラに平野井さんが手をかけ、ゆっくりと上から柔らかさを堪能するところを想像した。平野井さんの少し節くれだった指が、レースの花々を撫でる。その手はやがて背中に回り、ホックを外して……


(わ、私、こんなときに何、考えてるのっ)


 慌てて妄想を振るい落とそうとした。


 同時に、自分がずいぶん大胆なことをしてしまったのに今さらながら気づく。


(すぐそこに平野井さんがいるのに……)


 もう遅すぎるのだけれど、顔が赤く、鼓動が早くなった。




2016.4.27 up 「ちゃんと付き合おう」



走る

 俺は結構肝っ玉の太いほうだと思う。でもさすがにこの状況は……照れる。


 千織ちゃんがフィッティングルームに行ったのは、ストーカーの様子をより自然に窺うためだ。わかってはいるけれど、すぐそこ、目と鼻の先で着替えているなんて平常心を保つのが難しい。


 目を半目にして「平常心、平常心」と心の中で呟いていると、福生さんからメールが届いた。


『ストーカーが店を出た。私たちは今から後を追う。場所がわかったらまた連絡する』


「えっ!」


 大きな声を出して立ち上がってしまう。当然、周囲の人たちの視線が集まった。


「……すいません」


 思わず謝って、また座りなおす。完全にアウェーだ。アウェーすぎる。


 それにしても、いつの間に? 全然わからなかった。


 そのとき、千織ちゃんの個室のドアがいきなり空いて彼女が顔を出した。カーテンにくるまって、俺に呼びかける。


「平野井さん、私にかまわないで行って!」


 カーテンで体を隠していたところを見ると、まだ下着姿だったのだろう。


 慌てて店員がそちらに走り寄っていく。「お客様、ご試着が終わりましたか」


顔が熱くなっていく。……カーテンの隙間から、個室の向こう側に映った千織ちゃんの下着姿が、後ろ姿ではあったけれど、ちらりと見えたからだった。


 見えてるよ! と声を出さずに口の形だけで伝え、隙間を指さすと、千織ちゃんは

すぐに気づいて慌ててカーテンの隙間をふさいだ。


 千織ちゃんは行動力がある反面、こんなふうにそそっかしいところがあって、ときどき心配になる。


「さ、先に行ってるから」


 俺は早足でランジェリーショップを出た。


結局、ストーカーを終えたのはそこまでだった。ランジェリーショップを出た後は、どこに行ったのかわからなくなってしまった。


 家に帰ると、俺たちはそれぞれの部屋に戻った。俺は普段あまり感じたことのない種類の疲れを感じていた。頭が少しぼんやりしている。


「千織ちゃん」


 部屋に入ろうとする千織ちゃんに声をかけた。


 何ですか、という顔で彼女が振り返る。


「卒業したら、ちゃんと付き合おう」


 心配だから、とは言わなかった。少し失礼な気もしたし。


 部屋に戻ってから数秒後、気付いた。


 ぼーっとしていたとはいえ、ずいぶん大胆なことを言ってしまった、と。


 それからは、なかなかストーカーに見つけられない日が続いた。


 もしかしたらあの日、俺たちがつけているのに気づいて、警戒してしまったのかもしれない。


 そこで福生さんが一計を案じた。


「千織ちゃんと大樹、試しにしばらく外でイチャついてみてくれないか?」


「……は?」


 俺と千織ちゃんは声を合わせた。


「囮(おとり)だよ。ストーカーが二人を嫉妬しているのなら、また証拠写真でも撮ってやろうと出てきてもおかしくない」


 もちろん「ふり」だけに留めておいてくれよと注意しつつ、何かあったら自分の提案だと申し出るから、掟のことは今は心配するなとも言ってくれた。


「わ、わかり……」


「……ました」


 俺と千織ちゃんは、顔を見合わせてうなずいた。




2016.4.28 up 「フリだとはいえイチャイチャ」



 数日後の夜、千織ちゃんと大樹は私に言われた通り、夜道で「イチャイチャ」し始めた。


大樹は千織ちゃんを抱きしめ、髪を撫でたり、キスをしたりするふりをする。


挿絵

遠くから見て、もしかしたら本当にしているのでは……と一瞬勘ぐったが、明らかにぎこちない二人の様子からそれはないだろうと思い直した。嘘のつけない連中だ。いろいろと複雑な気分にはなったが、今はストーカーを捕らえるという至上目的がある。


ストーカー……ビューティ道場で少しだけ一緒に住んでいたことのある、あの女の子。あまり関わることはなかったが、無邪気で一直線で、だが甘ったれで、彼女が思いつめてついにストーカーになったというのは、何となくわかる気がした。少なくとも、あり得ないとは思わない。納得できてしまう。


恨みはなかったが、捕らえたいと思ったのは、家のまわりをうろつかれると迷惑だという以上に、話をしてみたいと考えたためだ。冷たいといわれるかもしれないが、ストーカーの心理というのは物書きとしては興味がある。ストーカーに変わる前を知っているのならなおさらだ。この間、あえて泳がせたのもそんな理由が大きい。ランジェリーショップに入ったのはまったくの計算外だったが。


私はイチャつく二人の写真を撮りやすそうな場所を逆算して、想子ちゃんと一緒にそこに先に回り込み、手近な場所に隠れた。


その計画を始めて3日目、予想通りストーカーがやってきた。大樹と千織ちゃんは、人が通りかかるともちろん慌てて離れるが、多少慣れてきたらしくそれ以外の時間はごく

自然にカップルのように振る舞えるようになっていた。いろいろ複雑だ。


ストーカーがカメラを構える。


「今だ」


 想子ちゃんに合図して飛び出す。ストーカーは俺たちに気づき、驚いて逃げ出した。


「待て!」


 背中に呼びかけたが、止まる気配はなかった。


「待たないと……」


やはり止まらない。仕方がない。想子ちゃんに目配せする。


想子ちゃんは用意していた防犯用のカラーボールを投げつけた。不安げな手つきではあったけれど、コントロールは完璧だった。


ストーカーの背中に、派手な蛍光ピンクのインクがぶちまけられる。


「やだっ! 何よ!」


 聞き覚えのある声でうろたえて、ストーカーは立ち止まった。


***


 あぁ、どきどきした。フリだとはいえ、まさか平野井さんと卒業前にあんなにイチャイチャすることになるなんて。至近距離の平野井さんの唇には、心臓がばくばくしっぱなしだった。抱きしめられたときに服ごしに感じた硬い筋肉にも。


 でも、ストーカーを捕らえられてよかった。


 とにかく一度話そうと、私たちは彼女をビューティ道場に連れていった。家の場所を知られているのだから、入れても大丈夫だろうという判断だ。だけど、篠村さんと福生さん以外のカリスマさん――もちろん有本さんも――には、部屋から出てこないようにお願いしておいた。


想子ちゃんが汚れた上着を預かって、自分の上着を貸してあげた。


ストーカーの名前は、綿貫なぎさといった。なぎささんとは、篠村さんと福生さんが話した。


なぎささんは意外と落ち着いていた。落ち着いていたというよりは、どこかふてぶてしい感じでもある。


「正直にいえば、悠のことが理由じゃないの」


 なぎささんは憮然として、篠村さんと福生さんに言った。


「もちろん、今も好きよ。でもそれより……新しい人が道場に入ったと聞いたら、唐突に、自分の存在を悠やみんなに忘れられたくないと強く思ったの」


 そのためにどうしたらいいか、窺っていたのだという。


 そんなときに偶然、私と平野井さんが抱き合っているのを目にして、頭に血が上った。それで思わず写真を撮った。


「なんでなの?」


 なぎささんは、篠村さんに詰め寄った。


「私は破門にされたのに、どうしてこの人は道場に残ってるの? この二人は明らかに恋をしているじゃない。片思いなのがいけなかったっていうの?」


 なぎささんは無遠慮にこちらを指さした。私と平野井さんは息を呑む。予想はしていたけれど、こんなにストレートに私たちのことに触れてくるとは。


 私たちは、じっと篠村さんの答えを待った。




2016.4.28 up 「やりすぎちゃったな」



走る

 少しして、篠村さんは静かに口を開いた。


「破門にしようと思ったこともあったよ」


 ぎょっとする。やっぱりそんなふうに思われていたのか。


「じゃあ、なんで……」


「自制心だ」


 篠村さんはちょっと姿勢を正した。


「千織ちゃんと大樹は確かに恋をしているけれど、掟の理由をちゃんと理解して、卒業するまではそういう関係にならないと誓った。好きという気持ちだけで突っ走ったり、流されたりしなかった。注意したらちゃんと反省してくれたのも大きい。伸びしろがあると思った」


 なぎささんが奥歯を噛みしめたのが、表情からわかった。


「でも君は、『好きなんだから仕方がないじゃない』というスタンスだったよね。好きという気持ちを言い訳にして人に迷惑をかけるのは……」


「もう、やめてあげて下さい」


 ふいに想子ちゃんが遮った。


「なぎささんは……もうわかっていると思います」


 なぎささんのほうを見ると、頬を赤くして何かに耐えているような顔をしていた。想子ちゃんはうっすらと涙ぐんでいた。


 何だか毒気を抜かれてしまった。同情の気持ちが沸き上がってくる。私だってなぎささんの気持ちは、まったくわからないわけでもない。


「あとはわたしたちにまかせてもらうことはできないでしょうか。もう遅いですし、駅に送っていきながらいろいろお話ししたいんです」


 想子ちゃんが訴えるような声を出す。


 わたし「たち」と言われたことに少々びっくりしたが、女同士で話すのは悪くはないと思った。


 篠村さんは私たち三人を見てしばらく考えていたが、


「わかった。じゃあ、まかせよう」


 とうなずいた。


 想子ちゃんのジャケットを着たなぎささんと三人で、夜道を駅まで歩いた。


 なぎささんは黙ったままだった。眉間にわずかに皺が寄っている。悲しいのか、ふてくされているのか、悔しいのか、あるいはそのうちのどれでもないのか、横顔からはよくわからない。


 大通りに出たところで、やっとなぎささんはぽつりと呟いた。


「やりすぎちゃったな」


 私と想子ちゃんは何も言わず、目だけ合わせる。なぎささんはそのまま、言葉を目の前に投げ出していくように喋り続けた。


「うまくいったから、勢いがついちゃった。もっと早く捕っていれば自分のやっていることのヤバさに気がつけたかもしれない。私、悠だけじゃなくてあの人たちのことが好きだったの。でも、これでもう終わりだね。友達にも戻れない」


 悠、というところで、想子ちゃんが少しだけつらそうに目を逸らした。


 私はほとんど考えるまでもなく言った。


「ちょっとやりすぎちゃったけど、気づけたんだったらまたやりなおせるよ。私たちだって、その繰り返しだった。やりすぎちゃったり、逆に腰が引けてしまったり、でもそのたびに気づいて、軌道修正して、ここまで来れた」


 別にしいて慰めたかったわけではなく、それは、実感とともに体の奥から出てきた言葉だった。


 想子ちゃんも隣でうなずいた。


「してはいけない恋をして、つらいことも苦しいこともあった。間違ったこともいっぱいして、そのたびに自己嫌悪したよ。でも、そういうこと全部を通して、自分をもっと好きになって、成長できたの。だからなぎささんも……このことをイヤな経験で終わらせちゃ、もったいないよ」


 なぎささんが顔を上げる。


「あんたも、あの中に好きな人がいるの?」


 想子ちゃんは慌てて「ん、ま、まぁ……」と口ごもった。なぎささんはそれ以上追及しなかった。


「ありがと……」


 なぎささんが微笑む。全身からこわばりが抜けているように感じた。


 そのとき、彼女のスマホにメールが届いたようだった。


「ごめん。ここまでで大丈夫」


 駅までもう少しあるのに、なぎささんは私と想子ちゃんを帰そうとした。


私たちには知りようもなかったけれど、その頃、篠村さんと福生さんは二人でこんな話をしていた。


「新しく女性が入ったと、彼女はどうやって知ったんだろう?」


「家の場所だってそうだ……誰か教えた奴でもいたのだろうか」


 今はあまりなぎささんを刺激しないほうがいいと考えて、私たちはすぐにその場で別れた。


 だけど、帰路を辿りながらふと思いついたことがあった。ジャケットを返してもらうときのために、連絡先を交換しておこう、と。


「まだ電車に乗っていないかな」


 私たちは駅までの道を早足で歩いた。


 なぎささんはすぐに見つかった。なぜか大通りを隔てた向こうの、反対側の出口の横に立っていた。


 そこに誰かが駆け寄ってくる。その人の顔を見て、私たちは絶句した。


 料理研究家の、池部宗一郎さんだった。


 ひょっとして私たちは、大変なものを目撃してしまったのかもしれなかった。


 だけど、大変なのはこれだけじゃなかった。私たちの卒業に向けての準備が、もうすぐ始まろうとしていた。


そこで私は「ある教科」に、ずいぶん手こずることになる。



シーズン1終了

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