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歴史官能小説『朝靄の契り』
〜後編〜
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■初めての感覚に、さとは震えが止まらず…

「あっ……」
着物の襟もとが押し開かれる。
さとは反射的に半次郎の手を押さえた。
「おいや……ですか?」
「いえ、いいえ……半次郎さまなら……」
手を退けると、半次郎の手つきはさっきより少し優しくなった。
帯が解かれ、着物、襦袢、腰巻と一枚一枚脱がされていく。気がつくと半次郎も一糸まとわぬ姿になっていた。
「隠さないで下さい」
恥ずかしさに乳房と陰部を腕で覆ったさとに、半次郎は思いつめたような声をかけた。
それが半次郎の願いなら……と、さとはそっと腕を下ろす。
「やはり、きれいだ」
半次郎は嘆息し、しばらくさとの裸体を見つめていたが、
やがて唇を首すじにそっと押しあてた。
熱い感触が、肌のきめこまやかさを堪能するように肩へ、胸もとへと動いていく。
「あっ」
と、さとがこれまであげたこともないような鼻にかかった声をあげたのは、胸の膨らみの頂点を舌先で転がされたからだった。
「……半次郎さま!」
さとはたまらず半次郎の頭をかき抱いた。
膝のあたりに、腕とも脚とも、ましてや指とも違う独特の硬さを持ったものがあたっている。
半次郎の手が下半身に伸びていく。ほどなくして止まったそれは、何かを探すようにそこにあった茂みをまさぐった。
十分に潤っているのが、触られている感触から自分でもよくわかった。
これから何をするのかは、父の春画や艶本を見てよく知っていた。だが、まさか自分の身に起こる日が来ようとは……
震えが止まらなかった。
「お願いです、怖がらないで下さい」
半次郎が囁く。
「私も怖いのです。あまりにも幸せな時間を迎えると、人は怖さをも感じるものなのですね」
普段の半次郎を思い起こさせる生真面目な口調に、つい、小さな笑みがこぼれた。
「おかしいですか」
「……いえ、嬉しいのです。私も、同じですから」
二人は目と目を合わせて、それがいっときの甘い言葉ではないことをその奥に確かめ合った。
「さとどの……お慕い申しております」
半次郎が女の芯に入り込んでくる。初めての激痛にしがみついてくるさとを、
半次郎は支えるようにして抱きしめ返した。
■半次郎の春画に、さとは思わず…
外が明るくなっていた。鳥の鳴き声が聞こえる。
いつの間にか敷かれていた布団にさとは横たわっていた。
どうやら眠ってしまったようだった。乱れた髪と着物を整えながら上半身を起こす。
半次郎の姿が見えなかった。
「半次郎さま……?」
立ち上がって、まだ薄暗い室内のどこへともなく呼びかけてみる。
半次郎は父の仕事机の横で黙々と画(え)を描いていた。
あまりにひたむきな背中にさとは声をかけることをためらったが、
半次郎は気配を感じたのかふと筆を止め、こちらを振り返った。
「起こしてしまいましたか?」
半次郎が筆を置く。優しさが、穏やかな微笑みとなって口もとに浮かんでいた。
「いえ、あなたさまが絵を描いている姿を見るのが好きなのです」
さとも微笑み返す。
「あなたのおかげで作品が描けました。こちらへ……」
促されるままに寄り添うと、半次郎はさとの髪をなでながら、描いていた絵を見せてくれた。
「これは……」
それは、昨夜の二人の情事が描かれた春画だった。
「なんと……美しいのでしょう……」
父の春画には、ただの春画らしからぬ品がある。
その感性は早くも半次郎に受け継がれており、
さとは丁寧に繊細に彫られた仏さまの像に向かうような思いで、その画(え)に見入った。
「美しい人と過ごした美しい時間を描くと、美しい絵になるのだとわかりました」
半次郎はさとの手にそっと自分の手を重ねた。
「師匠が……お父上がお帰りになったら、
あなたと夫婦(めおと)になりたいと申し上げるつもりです。
認めていただけるよう、もっと精進しなくては」
初めて出会った時と同じ、澄んだまっすぐな瞳がさとに向けられる。
そのまなざしに包まれたように感じているうちに、涙が溢れ出してきた。
「半次郎さまの技量は父も認めております。
流行の艶本作家になる日も、そう遠くはないだろうと……。
さとは、半次郎様が絵を描くお姿を……ずっとお支えいたします」
障子ごしに朝焼けの光が滲む部屋で、二人はまた強く抱き合った。
≪執筆者プロフィール≫松本あずさ
ライター、官能小説家。スポーツ新聞、雑誌、PC・携帯サイトなどで 女性たちに取材したナマの声をもとに記事を執筆。

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